小屋家は、江戸時代、水陸兼帯の宿駅大蔵村清水の本陣を勤めてきました。「本陣」とは、幕府が定めた宿駅制度の一つで、諸国の大名が参勤交代のため江戸に往復する際、宿泊する旅籠(旅館)のことです。最上川をさかのぼってきて、清水に上陸した庄内藩以下本荘藩・亀田藩などの諸藩の藩主は、小屋家で休息・または宿泊後、舟形宿に至り、羽州街道によって江戸に登ったのです。
なお、小屋家は、家業のもう一つの主柱として歴代酒造業を営んできました。同家の酒造業は幾度かの盛衰を経たわけですが、ともかくも長い時代を通して継承発展してきた理由としては、肘折温泉及び今神温泉や永松銅山への「揚げ酒」が多かったこと、また、河岸集落としての清水町村への供給も少なくなかったことが考えられます。当地は永松銅山や肘折金山等の賑わいで、たくさんの物資が集積しました。地主として、また、金融業者としてなど多角経営も、同家の何代にもわたって繁栄を誇ってきた理由の一つと考えられます。
ともあれ、1593年に酒造りを開始し、以来410年。一貫して、地元の米と・清冽な清水を用い、伝統のわざを大切に醸造を続けています。当蔵の代表清酒、大吟醸「絹」は上品な大人の味として広く多くの方から絶賛を浴びています。