@自然
 
   国内最高気温       40.8度    (昭和8年7月25日 山形市)
      平成19年8月16日 埼玉県熊谷市・岐阜県多治見市が40.9度を記録し日本一に
    ブナの天然林        15万1千ha  (全国の16.3%: 平成12年)
   滝の数(落差5m以上)  230カ所    (全国の9.2% : 昭和62年)
   温泉を有する市町村の割合  100%
 
A世帯
 
   三世帯同居率              24.9%    (平成17年)
   一般世帯平均人員           3.25人    (平成12年)
   65歳以上の親族の居る世帯の割合  49.8%    (平成12年)
   共働き世帯割合             42.9%    (平成12年)
 
B消費額(購入額)・・・山形市
 
   こんにゃく          4,179円   (全国 2,469円  平成14年)
   醤油            4,244円   (全国 2,468円  平成14年)
   さといも           2,308円   (全国 1,124円  平成14年) 
   中華麺          5,274円    (全国 4,508円  平成14年)
 
C産業
 
   サクランボの生産     14,900t    (全国生産量の71.6% 平成18年)
   西洋なしの生産     27,000t    (全国生産量の60.3% 平成18年)
   将棋駒出荷額    約3億2千万円   (全国生産量の約95%  平成7年)
 
D文化遺産 
 
   羽黒山の石段      2,446段   (江戸時代以前の石段で最も長い)
   石鳥居(山形市鳥居ヶ丘) 2基  日本最古の石鳥居と推定 国指定重要文化財
                      (建造推定年代  平安後期〜鎌倉初期)
   即身仏の数         8体     (全国に10数体、のうち8体)
   国内最大の土偶     高さ45cm 重さ2.8kg 
                         (舟形町西の前遺跡  平成4年8月出土) 
Eその他
 
   保有自動車数(人口千人当たり)  735台 (平成14年)
   巨大いも煮鍋  直径6m
      「日本一のいも煮会フェスティバル」 9月の第一日曜日開催
      ヘリコプターで鍋を設置、ドラム缶で材料を準備、3万食の芋煮
               (・・・山形県民の中には醜悪で恥ずかしいとの意見も多い)
   芭蕉滞在日数 「奥の細道」全日数 150余日のうち 40余日
 
 
 
最上川そして山形自慢
 
14年連続特Aの山形内陸産米    「はえぬき
金賞受賞蔵数「日本一」の       山形地酒
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お国自慢   「最上川」
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山形の地酒処
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山形の日本一
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「日本三急流」碑
碁点橋の西の畔にある「日本三急流」の碑です。最上川沿いに10店舗以上のそば屋が点在。「最上川そば街道」と呼ばれています。碁点橋の近くにもこれに加わる店が数件ある。
三難所・碁点(ごてん)の瀬。
碁点の瀬は、鼠色の緻密な第三紀の凝灰岩が露出しているため、深場以外の所は岩礁が水面間際まで迫り出している。こうした川のつくりのため、水流はかなり速い。「碁点」の名は、川床に碁石を並べたような岩の突起があることに由来するという。
三難所・三ヶ瀬(みかのせ)。
碁点の瀬と同じように、深場以外のところは水面すれすれまで岩礁が迫り、独特な川姿を呈している。江戸のころ、様々な荷積みの船が岩礁の間を縫って往復した。「三ヶ瀬」の名は、細長い岩礁が3層をなして縦に並んでいることに由来するという。
三難所・隼(はやぶさ)の瀬。
最上川最大の難所で、川幅全体に岩礁が横たわり急灘をなしている。隼の瀬では、弘化3年(1846年)に二百五十俵の年貢米を積む新庄藩の船が破船し、安政4年(1857年)にも最上商人の船が破船するなど、数々の船がこの瀬の通行で難破した。
[最上川三難所(村山市)]    碁点(ごてん)三ヶ瀬(みかのせ)(はやぶさ)
球磨川(熊本県)、富士川(山梨県、静岡県)とともに日本三大急流の1つに数えられる最上川は、西吾妻山を水源とし、置賜、村山、最上、庄内の県内全域を川筋として日本海に入る大川で、総延長229kmの流路がすべて山形県に属している。この距離は、1県のみを流れる川としては日本最大である。最上川の舟運は、古代・中世ごろから部分的に行われていたが、近世に入って物資流通の範囲が拡大するにつれ最上川舟運への期待が高まった。しかし、最上川中流域の「三難所」、すなわち岩礁が露出して船の通行ができない碁点・三ヶ瀬・隼の瀬がこれを立ち塞いだため、山形城主最上義光は、近世初期に岩礁の大開削を行った。その後、元禄年間に米沢藩の西村久左エ門が村山と置賜間の五百川渓谷を開削したことで、上流から酒田までの舟路が整ったことになり、最上川舟運は全国経済と連結する大動脈として発展した。しかし、その後も難破事故は繰り返され、高価な紅花については、難所で破船する恐れから荷を積んでの船下りは嘉永期ごろまで禁止されていた。
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                           制定年月
 
 
山形県の花      べにばな         昭和57年3月
 
山形県の木      さくらんぼ         昭和57年3月
 
山形県の鳥      オシドリ          昭和57年3月
 
山形県の獣      カモシカ          昭和57年3月
 
山形県の魚      サクラマス         平成4年3月
市町村合併
 
明治11年    11郡336町1223村
明治22年     2市  8町 213村  (山形市 ・ 米沢市)
昭和25年     5市 30町 188村
昭和43年    13市 27町   4村
 
平成17年11月
           13市 19町  3村
               庄内町 =  余目 + 立川
               鶴岡市 =  鶴岡 藤島 羽黒 櫛引 朝日村 温海 
               酒田市 =  酒田 八幡 松山 平田