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隣で寝息をたてている男の顔を見て、ミカは深い溜息をついた。 何でこんなことになっちゃったんだろう……。 窓から射し込む太陽の光が、二日酔いでクラクラする頭を否応無しに攻撃する。明け方に雨が降ったらしい。窓の外に見える木の葉についた朝露が、日光を反射して眩い輝きを放ち、疲れきった脳にさらに追い討ちをかける。 鈍く痛み続ける頭を押さえながら、もう一度隣の男、サトシの顔を見た。楽しい夢でも見ているのか、時折にやけながらムニャムニャ口を動かしている。しばらくして、サトシは寝返りをうってミカに背中を向けた。彼を包む趣味の悪い色をしたコンフォータカバーは、どう考えてもラブホテルのものだ。 再度、溜息。 どうしてサトシとひとつのベッドに、しかもお互い生まれたままの姿でいるのか。ミカは、断片的にしか覚えていない昨晩の記憶を必死に手繰り寄せた。 昨日は大学時代の親友・レイコの結婚披露宴と、その二次会に出席した。 キャンパスでは、互いの時間が合うときは常に一緒にいた。華やかな顔立ちのミカと清楚な雰囲気の漂うレイコは、校内でも一際目を引く存在だった。大学卒業後、ミカは郷里に戻ってしまったので会うこともなくなったのだが、それでもたまにメールで近況は報告し合っていた。そして、今から一ヶ月前、「結婚が決まったから披露宴に出席してね」とレイコから連絡が入ったのである。 卒業して5年。27歳、“結婚”という言葉に必要以上に反応してしまう。いつもより1オクターブ高い声で「わー、ホントに?! おめでとおっ!」なんて言ってみても、心の中は先を越された悔しさで一杯だ。 学生時代もそうだった。仲のいいフリをしていたが、実際は「レイコにだけは負けたくない」という思いがいつもあった。口にこそ出さないが、きっとレイコもミカに対して同じことを思っていたに違いない。一緒にいても、どこかで見えない火花が散っていた。 5年経った今でも、火種は残っていたようだ。 純白のウェディングドレス。シルクサテンのAラインが、彼女の魅力を一層惹き立てる。ドレスと同じ生地で作られた大輪のバラが胸元にあしらわれ、少し物足りなさも感じられるその部分を上手くカバーしていた。 亭主となる男も、爽やかな笑顔が魅力的ないわゆる“イケメン” (しかもミカ好み)なだけに、ますます悔しさが募る。 ちょっと飲みすぎたかなぁ…。 悔し紛れに、いつもはコップ3杯程度でやめておくアルコールを、昨日は手当たり次第に飲みまくった。最初のほうは何となく記憶がある。知り合い・初対面問わず、片っ端から男に声をかけていたような気がする。…いや、気のせいじゃない。確実に男にだけ声をかけていた、レイコへの鬱積を晴らすかのように。 後半は全然覚えてないなぁ…。ということは、その時にコイツとそんな雰囲気に…ってことか。 サトシも大学時代の友人のひとりだ。レイコと一緒に参加していたイベントサークルのメンバーで、明るいだけが取り柄の男。ムードメーカーで話題が豊富なサトシに好意を寄せる女は何人かいたが、口先ばかりで知性の微塵も感じられない彼のことを、ミカは恋愛対象として見たことは一度もなかった。 もっとも、サトシのほうは、チャンスがあればミカをモノにしようと狙っていたようなのだが。彼にしてみれば、その願いが昨日の夜、9年の歳月を経てとうとう叶ったわけだ。寝顔がだらしなくなるのも当然か。 …私としたことが。いくら酒に飲まれたからとはいえ、安売りしちゃったわね。 枕元の時計を見た。7時15分。一番近い時間の新幹線に乗れば、昼前には地元に戻れる。 ミカはヨロヨロと立ち上がり、とりあえずシャワーを浴びようとバスルームへ足を向けた。鏡を見ると、化粧を落とさないまま寝たせいで顔面テカテカだ。 「…ブス」 吐き捨てるように呟いて、頭から思いっきりシャワーをかけた。体中に付着したすべてを洗い流すために。サトシの体液も、レイコへの嫉妬も。 そして、思った。 …全部…リセットしよう。こっちの友達には二度と会わないでおこう、自分が虚しくなるだけだ。 バスルームから上がり、服を着て、再び寝室へと戻る。サトシはまだ、幸せそうなアホヅラのまま夢の中だ。そんな彼に冷めた視線を投げつけ、ミカは自分のバッグを手にすると、さっさと部屋を後にした。 ホテルを出て、玄関の前で大きく伸びをする。日曜日の朝、人通りもまばらだ。 天に目をやり、その眩しさに思わず顔をしかめる。酔いが覚めきっていない頭には、太陽の光はまだ刺激が強すぎたようだ。雨降り後のため、空気も少し冷えている。しかし、今はなぜか、そのどちらも心地がよかった。気の持ちようでこうも違うものかと、苦笑いを浮かべる。 今日の予定は特になかったが、地元に着いたらまず、携帯電話を解約することに決めた。そして、新規契約して電話番号を変更する。リセット実行の決意。 その前にひと仕事、残っている。 さて…と。じゃあ始めますか。 ミカはバッグから携帯電話を取り出し、登録してある大学時代の友人の電話番号をひとつずつ、消去していった。 ― Fin ― |
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