…この人のこと、私、きっと好きにはならないな。
 隣に座って、仲間たちと楽しそうにしゃべっているリクヤを見ながら、ノリカはそう思った。


 初めて会った時に感じたこと。
 「この人とは住む世界が違うかも」
 他の人と比べて派手な印象を与える外見のせいか、それとも真実なのかは知らないが、およそ良くない噂ばかりがノリカの耳に入ってきていた。だから、初めのうちは、できるだけリクヤとは係わり合いにならないように、さりげなく彼を避けていた。
 しかし、やはり同期という間柄、まったく接点がないままで終わるはずもなく、ちょっとした集まりの際に話をする機会があり、その流れで携帯の番号とメールアドレスを交換していた。もっとも、社交辞令で交換しただけなので、一度も連絡を取り合ったことはないのであるが。

 話をするようになって感じたこと。
 「一緒にいて嫌な感じはしないから、多分、悪い人じゃない」
 ノリカには、瞬間的に、相手が自分にとって合う人間か合わない人間かを判断してしまう悪いクセがある。一瞬でも“この人と私とは合わない”と思ってしまったら、仲良くなることはまずない。
 でも、リクヤに対してはそんな気持ちにはならなかった。第一印象とは裏腹に、彼とはけっこう気楽に話をすることができた。噂は本当なのかどうか分からないけれど、聞いているすべてが真実というわけではないようだ。

 …それでも。
 この人のことは好きにはならない、そう思った。
 なぜそう思うのか。それは多分、今まで好きになった人とは全然タイプが違うから。そして、リクヤから聞いた好みの女性のタイプも、ノリカからは程遠いものだったから。
 「私たちはよき同期」
 それがノリカの結論だった。


 「…なぁ、せっかくアドレス交換したんだから、メール送ってくれよ。何気に待ってんだけど、オレ」
 向こう連中との会話を終えて、リクヤがノリカの方に顔を向けて言った。あまりに不意をつかれたセリフだったため、思わず飲んでいたカシスソーダを噴き出しそうになる。
 「…そう思ってるなら、そっちから送ればいいんじゃないの?」
 気を落ち着かせて言ったところ、リクヤはしれっとした顔で返してきた。
 「ダメだよ、オレ、シャイだから」
 「……」
 “よく言うよ”と出かかったところをグッと抑えて、もう一度カシスソーダを口に含む。
 「待ってるからな」
 それだけ言って、再びリクヤは彼女に背を向けて、反対側の会話に参加した。



 ……何で私が……。
 家に戻り、ベッドの上に寝転がりながら、ノリカは携帯電話のディスプレイ画面に表示されたリクヤのメールアドレスを眺め続けていた。親指が、入力画面に進む決定ボタンの上でかすかに動くのだが、それを押すまでには至っていない。
 これってやっぱ、私から送ったほうがいいのかな?
 ノリカは躊躇しつつも、ダイヤルボタンを押した。入力画面まで進み、“早く入力しろ”と言わんばかりにカーソルが点滅する。その動きをしばらく眺めていたのだが……。
 えぇい、面倒くさい!こんなことで時間を潰すなんてバカらしい、さっさと送ってさっさと寝よう!
 ようやく意を決してガバッと起き上がり、ノリカはボタンを押し始めた。

   ≪メール送ったよ!今日(あ、もう昨日だね)はお疲れ様でした。
   同期なのに、普段あんまり話す機会ないよね…やっぱり部署が違うからかな?
   みんなで集まって飲むのって、気分転換にもなって楽しいね。(^−^)
   ではでは、また月曜日に会社で会いましょう!オヤスミナサイ。(−_−)zz ≫

 …こんなんでいいかな?変なトコないかな?
 もう一度読み返し、入力ミスがないことを確認して、ドキドキしながら送信。迷った時間が嘘のように、メールはあっという間に送られてしまった。あっという間すぎて、何だか気が抜けてしまう。
 …もう寝てるかもしれないな、けっこう飲んでたみたいだし。
 時計の針は1時を回っていた。そろそろ自分も眠くなってきている。返事は待たずに寝てしまおうと布団にもぐった時。
 メールの着信音が鳴った。
 「!! 」
 蹴り上げるように布団をはぐると、急いで枕元の携帯を開く。

   ≪昨日はお疲れ。また月曜から仕事がんばろう。≫

 「何、これぇ…」
 あまりにそっけない文面に、ノリカの口から不満の声が漏れた。「メールをくれ」と言ったのはリクヤのほうなのに、あんなにドキドキしながら送ったのに、その返事がこの二言だけとは。
 「もう、知らないっ!」
 ふてくされたように、ノリカは頭から布団をかぶる。心の中は悔しいような、裏切られたような気持ちでいっぱいだった。なぜこんな気持ちにならなければいけないのか、最初から期待などしていなかったじゃないかと、なんとか自分を納得させようとする。
 …そうだよ、私たちはただの同期なんだから。それ以上でもそれ以下でもないんだから…。
 それなのに、この切ない感じは何なのだろう?


 しばらくして、もう一度メールの着信音が鳴った。
 …こんな時間に、今度は誰?
 先程とはうって変わって、面倒くさそうに携帯へと手を伸ばす。浮かない気持ちのまま受信メールを確認すると…。
 「あ…」
 送り主は、再びリクヤだった。

   ≪今日、もしヒマだったら一緒に出かけない?≫

 「――!」
 驚きのあまり飛び起きる。心臓が激しく脈打ち始める。画面に表示されている文字を何度も何度も読み返すうちに、携帯を持つ手が震え出していた。
 これって、これって…デートのお誘い?だよね、だよね!? やだぁ、どうしよう!!
 全然予想もしていなかったことが起こったので、ノリカは思いっきり脚をバタバタさせて舞い上がってしまった。
 しかし、そこでフッと冷静になる。
 やだ、私ったら、何浮かれてんのよ…。彼はただの同期なんでしょ、それ以上でもそれ以下でもないんでしょ。

 …でも、心の奥ではとっくに気がついていた。
 違う、単なる同期なんかじゃない。本当はずっと彼のことが……。
 怖かったのだ、自分の気持ちを確かめるのが。きっと相手になんてしてもらえないだろうと、はなから諦めていた。だから、本当の気持ちにフタをして、傷つかないように振る舞っていただけなのだ。
 彼のこと、きっと好きにはならないって思ってたけど…撤回だね。

 リクヤについて囁かれている数々の噂…それが真実かどうかは、やっぱり分からない。それでも、今だけは彼のことを信じてみようと思っていた。


 今の素直な自分に少し照れながらも、ノリカは戸惑うことなく返信画面に“OK”の文字を入力した。


                                                      ― Fin ―