ちょっ…とぉ……。
 ねぇ、ちょっと待ってよ。歩くの早いってば。

 それなのに、彼ったらどんどん自分のペースで歩いちゃって。身長差が25センチもあるんだから、歩幅だって全然違うのに。
 私は小走り状態で、彼のスピードについていくのがやっとだった。


 なのに。
 ようやく私のほうを振り向いたと思ったら。
 「おっせーなぁ。そんなチンタラ歩いてたら、目的地に着くまでに日が暮れるぞ!」
 って、私に気を遣うなんてことは一切ナシで。また前を向いて、スタスタと歩いていってしまう。

 もーぉ!どうしてそんなに優しくないの?こうしてふたりきりで歩くのって、初めてなんだよ?!


 …そうだよ、初めてなのに……。



 少し強い風が吹き抜けた。
 ふたりが歩く並木道。まだ青いイチョウの葉が数枚、風力に耐え切れずにヒラヒラと舞い降りる。そのうちの一枚が彼の肩に一瞬止まり、すぐにアスファルトへと逃げていった。
 ちょっぴり息を切らしながら、一向に縮まらないふたりの距離を必死で縮めようとする私。けれど、全然彼には追いつけなくて、何だか私たちの関係そのものみたい。



 昨日の夜、彼からの電話。
 「体あいてたら、俺の買い物つきあってよ」
 色気も素っ気もない、けど。彼とふたりでどこかに出かけるなんて夢みたいで、嬉しくて。
 でも、嬉しがってるなんて思われたくないから。
 「ふーん、別にいいけどぉ」
 なんて、素っ気ない態度。実は、言葉とはウラハラに顔が思いっきりニヤけていた。

 だって、本当に嬉しかったんだから。楽しみにしてたんだから。



 ……それなのに……。


 私は歩くスピードを緩めた。彼との距離がまたさらに広がった。思いもかけず、涙が滲んでいる。

 …私、邪魔なのかな?
 だったら誘わなきゃいいのに。変に期待持たせるなんて、かえって残酷だよ……。


 突然、彼がクルッと振り返った。その顔は、仏頂面。

 うわっ、もしかして怒ってる?

 そしてそのまま、つかつかとこちらに向かって歩いてくる。無愛想な彼の顔が、私まで2メートル、1メートル、そして。
 私の前で止まる。

 きゃー、怖い!一体何を言われるの〜!?



 …ふいに、右手が温かくなった。何で?と思って手元を見る、と。

 ……あ……。

 私の右手が、しっかりと、彼の左手につながれている。驚いて彼を見上げたら、彼はもう、顔も体もそっぽを向いていた。…でも。
 彼ったら、耳から首にかけて真っ赤になってるの。それを見たら、私まで顔が赤くなっちゃって。同時に心臓までバクバクいい始めた。
 「ったく、歩くの遅すぎんだよ。ちゃんと俺についてこいよ!」
 私の手をグイッと引っ張って、また歩き出す。けれど、そのスピードは、気のせいかさっきよりも優しくなってるような…。


 つないだ手から、私の鼓動が流れていく。彼にドキドキがバレてしまうのでは…と、少し焦ってしまう。何もしゃべらないふたり。私の耳に聞こえるのは、自分の心臓の音だけ。
 …そしたら彼が。
 “大丈夫だよ”って言ってるみたいに、きゅっと、少し強く。
 私の手を握ってくれた。



 …ねぇ、やっと追いついたよ。
 もう自分だけ先に行ったりしないでね。



 木々の隙間から差し込む光が、私たちに降り注ぐ。
 気のせいかもしれないけど、ただの思い込みかもしれないけど。
 でも、私には。

 新しい恋の始まりを祝福して葉々が拍手をしているように、見えたんだ…。


                                                      ― Fin ―