<1月11日>
三百人劇場お別れの日

2007年1月11日、三百人劇場閉鎖の為の祈祷式が劇場で行われました。
たぶん私たちがこの内部に入るのは今日が最後になるでしょう。
千石の駅を降りて、「劇場に行くためにこの駅で降りる事はもうないんだ」と感慨深くなりました。
研究生から10何年通ってきた道を通って劇場へ。

6日の日に総出で片付けをしたので、建物の中はほぼ空っぽ、見慣れない空間が
広がっています。
↑この劇場が無くなるなんて・・・
↑劇場の正面扉。外の看板が写りこんでます。
↑ロビーも物がなくなってます。
↑舞台上では祈祷の準備が。
メンバーの三分の一位が集まりました。皆あちこちをとり付かれた様に激写していました。
準備が出来たところで全員が舞台上に上がり、神主さんによって祝詞奏上。
『ジュリエットたち』の出演者が私を含め何人かいたのですが、全員悲喜こもごもでした。
千夏役の私と湯屋さんが劇中祝詞をあげる場面があって、その時と同じ出だし、
「かけ〜まく〜も〜かし〜こき〜」で始まり懐かしいやらちょこっと可笑しいやら、哀しいやら。散々練習したので今でも覚えています。

今までこの舞台に立って来た出演作を思い浮かべ、「なんだ、これだけか。もっともっともっとここに立ちたかったのに!」と思いつつも、今までありがとう、そしてやっとさよならという言葉が浮かんできました。
↑これは上手の客席側の出入り扉から舞台を撮ったとこ。準備を見つめる制作の荒川さん。
↑正式名称わかりません、祭壇?
↑舞台で。
↑舞台下手、綱元です。
↑舞台奥の壁。芝居の時はパネルや幕で隠れていました。私が出演した『スイート・パニック』ではラストシーンでこのむき出しの壁を使ったんだよな〜と思い出しました。
↑ちょっと不気味ですね、写真だと。下手の舞台監督席です。前はここにモニターと机がありました。
↑式の後、舞台奥に開いている舞台板が剥がしてある場所で発掘作業。舞台の板には檜が使われています。今まで舞台を支えていた檜の小さな一片を私も記念に貰いました。
↑金澤君が持っているのはその檜を使って彫った鯨!さすが器用な金ちゃん!もっと作って『八月の鯨』の出演者の先輩たちにプレゼントしたいと言っていました。
↑客席がほとんどなくなって、不思議な空間になった客席。こういうスペースでも芝居やりたかったな。でも実際は客席を止めていたボルトがあちこちに突き出していて、もしここで転んだらとってもスプラッターな事になるだろうな〜と・・・。
↑平林君、工具を持ち出し、大胆にも舞台センターの板を剥がす事に!
↑事務所も空っぽ・・・。
→解体作業中。
→マネージャーの内海さん(左)と中尾さん。長年慣れ親しんだ空間をずっと見つめていました。
↑制作のデスクがあった辺りをバックに。
↑楽屋です。舞台上と同じくらい、それ以上に思い出がいっぱいあります。
↑最後に舞台で!
↑ありがとう!そしてさようなら、三百人劇場!
その後、とてもお世話になった近所の花屋さん、ゆりの木にご挨拶に行きました。
よくお祝いや誕生日の人がいるとここでお花を買っていました。毎年RADAの最終日、バーターさんに頼まれて、一緒にここで通訳とスタッフの皆さんに花束を注文していましたっけ。私は一応通訳として付き添ってるのですが、毎年バーターさんの日本語が上達しているので、去年なんかは何の役にも立っていませんでしたが・・・。
ここで記念に薔薇の花を1本買い、お別れをして今度は御馴染みの喫茶店ジローで最後の食事。私はいつもアイスコーヒーを頼んでいたので、ママさんは私がいくと「いつものですね」と言ってくれていたので、最後はもちろんアイスコーヒーで〆ました。
←蛇足ですがこれが記念に持ち帰った三百人劇場の舞台のかけら。奥の方のが舞台前方解体時にもらったもの。すごく檜のいいにおいがします。
→ゆりの木さんで買った薔薇。ドライフラワーにするつもりです。
これからは池袋に事務所、要町に学校兼稽古場、大山に本公演用の稽古場と3箇所に分れてしまうので、なかなか皆が集うのは難しくなるのかもしれません。3箇所とも行って来ましたが、どこも窓が大きくて明るい!それだけは何はさておきいい事です。
どうかこれからの劇団昴も応援してください!
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